猫と遊ぶ。

まあ、うちの猫(カフカ・オス・16才)は夜寝ない。日中陽だまりの中でぐっすり眠っているからか、こっちが寝ようとする深夜にはおめめぱっちりである。にゃあとベッドまで起こしにくる。適当に撫でたりしてお茶を濁そうとするんだけどやはり満足しないらしく、結局こちらが折れてリビングまで連れられていくはめになる。それでご飯とかおやつでは納得してくれないので、少しの時間だけど腰を据えて遊ぶことになる。

最近の彼のお気に入りの遊びは、僕の両手を獲物に見立てて、彼が見えないところから僕が出したりひっこめたりするのを、目で追ったりチャンスと見れば飛びつく、というものである。まあ普通の遊びですね。彼がソファの下にいて、僕がソファの上から手を出したりひっこめたりする。

これをやり始めると途端に「お、遊んでくれるんですか!」みたいな感じでゴロゴロと喉を鳴らすので、僕も(眠いけど)嬉しくなって出来るだけ楽しんでもらおうと工夫する。ただ漫然とランダムに行うのではく、少し物語性を持たせてみる。やはりオーソドックスな起承転結というのは猫にも有効みたいで、

起→遠くも近くもないあたりから、そろっと左手をだす。(カフカ目で追う)

承→その辺りで微妙に場所を変えつつ、何度か左手を出し入れする。(カフカ目で追い続ける)

転→やおらとても遠い場所からすばやく右手を出す。(カフカ目を丸くして、そちらをすばやくみる。そっちなの?そんなパターンもあるの!?という感じである)

結→驚いてる直後に一番近くから左手を出す。(カフカはここぞとばかりに手に飛びつく)

でワンセット。最後に飛びつくという肉体的カタルシスもあって、3セットもやれば、だいたい満足してくれる。

ただまったく同じことを繰り返すのも芸がないので、やたら転までを引っ張ってみたり、転と起承を繰り返したりする。それで引っ張れば引っ張るほど、結での飛びつきでの解放感は増すみたいである。

まあこれも僕が物語性を主観的に感じてるだけで、彼としては何の考えもなくただ本能に従ってるだけかもしれないんだけど、でもこっちがやる気なく機械的に手を出し入れしている時は向こうもつまらなさそうだし、満足しない。やはり送り手が気を入れて工夫してこそのエンタテイメントであり、コミュニケーションなのだ。

文化的な生活によって不必要になった本能を宥めるのが、娯楽の本質なのかもしれないなぁなどと思いつつ、今夜も手を出し入れする。そして眠い。